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金子建設工業のある町

2018.09.29

こんにちは。9月も終わりですね。

ということは10月に入るのですね、あたりまえですが。

もう少ししたら地元の法人会さんなどから「忘年会のお知らせ」とかの文書が届くんでしょ。まったくもうそんな時季ですか。声を出して笑ってしまいますね。

 

法人会といえば、金子建設工業は西新井法人会の会員企業です。あの「関東三大師」の西新井でございます。お大師様のお膝元で商いをさせていただいているわけですが、本社事務所は西新井よりもっと北の東伊興というところにあります。東の伊興ですね。

いまは昔、伊興村は相当に広く明治期の町村制下でも昭和初期の足立区誕生時でも一時を除いてそのまま引き継がれ伊興町となりました。しかし、昭和後期以降の区画整理や住居表示の実施によって一部を竹の塚、西新井、西保木間、皿沼などに奪われ、さらに一部が西竹の塚などというふざけた名前にさせられたあげく現在は伊興、伊興本町、西伊興、東伊興の4つの区域となっております。分けないと伊興十五丁目とかになっちゃいますからね。そのうちの東伊興に金子建設工業はあります。

東武伊勢崎線(スカイツリーライン)竹ノ塚駅よりバスに乗り北寺町停留所を降りて目の前に会社は所在しております。寺町の名のとおり近隣にはお寺がたくさんあり、ちょっとは世間に名が知られた人のお墓があったりもします。

そこで、今回の新着情報は工事屋さんのホームページであるという本分から逸れて「金子建設工業がある町」について書くことにしましょうか。多分にこの新着情報を書いている事務屋さんの興味本位な記事になることは間違いなく、社長にはエラく怒られることになるでしょうが深く考えないことにしましょう。

それでは、彼岸花の花火の弾けるがごとく咲ける時節に寺社めぐりと洒落こむことといたします。

 

事務所から一番近いのが法受寺さん。

 

 

ふだん郵便物を出すポストのまん前です。

ここには江戸幕府の第5代将軍徳川綱吉公の生母桂昌院のお墓があり足立区の登録文化財になっております。芝の増上寺の歴次将軍墓所内にも桂昌院のお墓があり、インターネットで「桂昌院 墓」と検索するとやはり増上寺が前面に出てきますね。でもニセモノなわけではありません。この法受寺さんは桂昌院の弟の家系である本庄家の菩提寺となっており、その縁で霊廟があるのでしょう。

八百屋の娘が将軍さまのお手つきになり若様を産んだシンデレラストーリーのご本人のお墓です。

この方の本名がお玉だったから「玉の輿」って言葉ができたんだとされている本家本元のお墓です。

「玉の輿」とか「漁夫の利」とか「濡れ手で粟」などの言葉が大好きな事務屋さんなので、その語源の方のお墓が会社から徒歩1~2分の近所にあるというのは実に色めきたちます。

 

 

     

 

 

その桂昌院のお墓の隣では弟の本庄宗資が眠っています。

 

 

本庄宗資

五代将軍綱吉の生母桂昌院の弟にあたり、その縁で延宝8年(1680)に幕臣となり、

綱吉の寵遇をうけ異例の出世を遂げた。蔵米八百俵から加増を重ね元禄元年(1688)

には一万石の大名となり、同7年には常陸笠間五万石を領した。

(『別冊歴史読本 徳川300藩藩祖総覧』(新人物往来社)197ページより)

 

 

    

 

 

まあ、お母さんの弟ならそりゃ出世させるよね。やっぱりいつの時代もコネは大事ですよ。

というわけで皆さん今後は「玉の輿」という言葉を見聞きしたときは是非とも金子建設工業を思い出すようにしてください。

 

 

法受寺さんを尾竹橋通りに面した門より出て南に向かって歩きます。

 

 

 

途中にこんな道しるべがありますがここは南に進みましょう。

 

丸亀製麺を過ぎたあたりで東岳寺さんの山門が見えてきます。

向かって右側に「東京都指定旧跡 初代安藤広重墓及び記念碑」の石柱があります。本姓である安藤と号である広重をとっての「安藤広重」はオカシイということで最近は「歌川広重」とされるのがほとんどですね。

いわずと知れた「東海道五十三次」「名所江戸百景」を遺した浮世絵界の巨人です。

この葛飾北斎に対抗する風景画の大家であり、ゴッホやモネにも影響を与えた世界的な画家のお墓が足立区にあるのです。

東岳寺さんには広重のお墓のほか、誹風柳多留の版元花屋久次郎の遺跡や本当に気の毒な亡くなり方をしたタカラジェンヌの香月弘美さんのお墓があります。写真の「香月弘美之碑」は柳原白蓮女史によるものです。

 

 

    

 

    

 

 

※広重のお墓が足立区にあることにちなんで現在足立区郷土博物館で展覧会「広重目線」が催されております。

伊興からはちょっと遠い大谷田にある郷土博物館ですが16日の日曜日にワタクシ行ってまいりましたのでその写真もあげておきましょう。

10月8日まで開催されておりますので興味のある皆さんは是非いらっしゃってください。

博物館内は写真撮影が自由になっているのが嬉しいところで、それをブログなどに載せるときはぜひとも「足立区郷土博物館で撮ったもの」と強調してほしいとのことなので実施させていただきます。

 

    

 

こちらが足立区郷土博物館で開催中の展覧会「広重目線」です。やはり、ここは地元の「千住の大はし」をアップ

足立区郷土博物館は伊興ではありません。亀有駅が最寄の足立区大谷田にあります。

 

 

さて、次はさきほどの看板にあった公園のうち白旗塚史跡公園にまいりましょう。

東武伊勢崎線沿いにある園内には東京都指定史跡になっている白旗塚古墳があります。もともと付近には7~8つの古墳があったのですが宅地開発の際にブルドーザーの餌食となり残っているのは白旗塚古墳だけです。事務屋さんの家のすぐ近くには金塚古墳というのがあったとされております。

もったいないな。もしみんな残っていたらより大掛かりな史跡になっていたのに。なにしろ1500年近く前の古墳群ですよ。

ちなみに白旗塚の名は八幡太郎義家が前九年の役で奥州に向かう途中ここに源氏の白旗を立てたことに由ります。それが960年ほど前のことです。

 

   

 

   

 

事務屋さんが子どもの頃は古墳のまわりに冷蔵庫やら洗濯機やら自転車やらが不法投棄されていてひどい有様でした。小学校の課外授業で連れて行かれた時にはあまりに汚くてみんなで笑っちゃったもの。

1500年前のものと推定される貴重な遺構になんてことしていたんでしょうね。罰当たりなことです。

いまでは古墳時代をイメージさせる埴輪くんたちもいて小奇麗に整備されております。良いことだ!

 

 

 

さて、ここまで書いたところでワタクシはたいへんお腹が減ったので終わりにしたいと存じます。

こんな長くなるとは思わなかったな。お昼休み一時間でまわれたところを軽く紹介しようとしただけなのに・・・

訪ねたところの半分ほどしか書けていないじゃないですか。

手前味噌ですが、ほんの10分歩くだけでふたつの都指定史跡旧跡に出会えるというなかなか面白い地域なので仕方ないのかもしれませんね。

まあ、せっかく乗っかった船なので近いうちに続きを載せることにいたします。

こんな新着情報どなたも読んでいないことと存じますが、もし興味がある方いらっしゃいましたらお付き合いくださいませ。