2026.01.26
「賞」と「罰」の違いから考える、金子建設工業が大切にしたいこと。
ご挨拶遅くなりましたが明けましておめでとうございます金子です。
私事ではありますが、社長に就任して5年という節目を迎え、このたび初めて「表彰」というものをいただきました。
今回の表彰は「会社」に対して贈られたものです。私個人に宛てられたものではありませんが、会社がいただいたこの賞は、私個人としても、そして社員のみんなと一緒に勝ち取った一生の宝物だと思っています。
今日は、この「表彰」というものについて、私が感じたことをお話ししたいと思います。
「賞」は有限、「罰」は無限
表彰を受ける権利は誰にでもあります。しかし、誰にでも平等に与えられるものではありません。
その反対に、「罰」というものは誰に対しても平等に、そして無限に与えられるものです。
では、なぜ「賞」は平等ではないのか。
それは、数に限りがあるからです。限られた数しかないからこそ、実力と運、そして何より周りの支えがなければ、手にすることはできません。
選ばれるということ
賞を与える側は、「限られた価値あるものを、誰に託すべきか」を真剣に考えます。
実力があるのはもちろんですが、やはり最後は「人間性」が備わっているかどうかが問われるのだと感じています。私自身がそうである、と胸を張るにはまだまだ修行中ですが(笑)。
一方で、罰というものは、良くない行いをした人に対して際限なく与えられます。しかし、それはある意味で「愛」なのかもしれません。「ここを直してほしい」という期待が込められているからです。だから、もし罰を受けることがあっても、落ち込む必要はないのだと思います。
そして、賞を選ぶ人、つまり組織のトップは、周囲に選ばれてその座にいる「一目置かれる人物」です。そのような方の目に留まる会社、目に留まる人になれたということは、大きな自信を持っていいことなのだと、今回の表彰を通じて強く実感しました。
賞をもらったときに一番大切なのは、「俺は偉いんだ」と傲慢になることではなく、心からの「感謝」をすることです。
自分を支えてくれた人、応援してくれた人。その一人ひとりの力が積み重なった結果が、この賞につながっています。
そして、その感謝の気持ちを、次に賞をもらう人へ伝えていってほしいのです。
そうすれば、賞のありがたみをより深く感じることができ、周りの人を大切に思う気持ちがもっと大きくなります。そのポジティブな輪が広がれば、私たちの周りは、もっとハッピーな場所になっていくはずです。
改めて、今回の表彰に感謝し、これからも金子建設工業一丸となって、足立区からより良い仕事を発信し続けていきます。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
